スポーツにおいて勝つことは一つの正義であると考えられる。正しいことだと考えられる。しかしズルをしてでも得る勝利を私たちは純粋な勝利とは認めない。これは正義に背く。スポーツマンシップに反するとなどいうであろう。ここに正義という価値が、それ自体として存在するものであることを裏付けはしないだろうか。私たちはスポーツという限定された場面において、正しくあることを求めるのだと思う。
ここに人間といわれる我々に、人「間」と呼ばれる所以が現れているはずである。本当の意味での理性的動物とでもいえばよいだろうか。私たちはしょっちゅう動物として生きるかも知れないが。それだけに留まらない可能性がもしかしたら。
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