去年の6月からある資格が欲しくて、仕事もほどほどに抑えて受験勉強に半年を捧げた。11月の試験であった。結果はもう直ぐに発表になる。自己採点では合格点に届いていなく、自己採点ができない部分の得点次第では合格の可能性「も」あるという感想で、その「も」には「奇跡が起これば」という感情も含まれている。
しかし、私は随分と宙ぶらりんだ。試験結果次第で落ちいていればスクールに入る、受かっていれば開業準備という道に進むことになるだろう。心の中では受かっているとは思えないのだが。でもそれにしても落ちていることを想定して勉強をすすめようとも思えないほど自分という人間はそういう人間なのだ。怠惰だ。
受験後に仕事も再開した。お金を稼ぐのは精神衛生としても良いことだと思う。しかし、それプラス、誰の役にたっているか、どんな貢献があるか、自分はその貢献を「喜べるか」という観点がかなり仕事の満足度を支えるということに私は気づいてしまった。自分はわがままな人間だ。貢献度が「喜べる」ものでなければならい。そんな仕事にありつけるのは、また贅沢な人間だ。しかしその贅沢の味を知ってしまった人間なんだろう。
仕事に卑賤はないと言われるが、それはその通りだと思う。しかしそれは自分の仕事はなんでもよいという判断と同じでは無いことを知った。さて、2026年が始まってもじき1ヶ月が経過する。準備はいいか。
コメント